終戦1ヵ月前、大混乱に陥ったデンマークに敗色濃厚となったドイツを脱出した20万人以上の難民が押し寄せてきた。当時のデンマークはナチス・ドイツの占領下に置かれており、受け入れを拒否する選択肢はなかった。その驚くべき歴史的事実を今に伝える本作は、日本人はもちろんのこと、デンマークの人々にとっても知られざる実話にインスパイアされたヒューマン・ドラマである。
 難民の受け入れという突然の非常事態に見舞われた大学長ヤコブと妻リスは、たちまち究極のジレンマというべき選択を迫られていく。周囲の誰もが敵視するドイツ人を救うべきか否か。売国奴と罵られることを恐れ、飢えと病気に苦しむ子供を見過ごしてもいいのか。その葛藤を見すえた本作は、家族が戦争という巨大な暴力に脅かされながらも、懸命に人間性を保とうとする姿を感動的に描き、人間が選択すべき“正しいこと”とは何なのかを問いかける。そこにこめられた根源的なテーマとメッセージは、ウクライナやパレスチナ・ガザ地区のニュースに接し、もはや戦争が遠い過去の出来事ではないと知っている我々の心を、熱く、激しく揺さぶることだろう。監督は『バーバラと心の巨人』のアンダース・ウォルター。本作は本年度、SKIPシティ国際Dシネマ映画祭国際コンペティション部門に選出されている。

 1945年4月、デンマークの市民大学。学長ヤコブが、現地のドイツ軍司令官から思いがけない命令を下される。ドイツから押し寄せてくる大勢の難民を学校に受け入れろというのだ。想定をはるかに超えた500人以上の難民を体育館に収容したヤコブは、すぐさま重大な問題に直面する。それは多くの子供を含む難民が飢えに苦しみ、感染症の蔓延によって次々と命を落としていくという、あまりにも残酷な現実。難民の苦境を見かねたヤコブと妻のリスは救いの手を差しのべるが、それは同胞たちから裏切り者の烙印を押されかねない振る舞いだった。そして12歳の息子もドイツ難民の女の子と交流を持ちつつあったが彼女は感染症にかかってしまう。友達を救うべきか、祖国に従うべきか、家族は決断を迫られる。

ピルー・アスベック / ヤコブ

Pilou Asbæk

1982年生まれ、デンマーク出身。国立の演劇学校を卒業。TVシリーズ「THE KILLING/キリング」(09)、「コペンハーゲン/首相の決断」(10~13)に出演し、2011年のデンマークのテレビフェスティバルで主演男優賞を受賞。その後、SFアクション『LUCY/ルーシー』(14)、HBO「ゲーム・オブ・スローンズ 第六章: 冬の狂風」(16)、士郎正宗氏のSF漫画「攻殻機動隊」の実写映画『ゴースト・イン・ザ・シェル』(17)、『サマリタン』(22)、『アクアマン/失われた王国』(23)に出演するなどハリウッドでも活躍。

ラッセ・ピーター・ラーセン / セアン

Lasse Peter Larsen

デンマーク出身。演技未経験でありながら、本作のオーディションを勝ち抜き長編映画デビューを果たす。

カトリーヌ・グライス=ローゼンタール / リス

Katrine Greis-Rosenthal

1985年生まれ、デンマーク出身。2012年に国立舞台芸術学校を卒業。アカデミー賞受賞監督ビレ・アウグストの『幸せな男、ペア』(18)にて主演を務めブレイク。2019年、デンマークのアカデミー賞にあたるロバート賞とデンマーク批評家協会によるボディル賞にて、主演女優賞をダブル受賞。主な出演作に、人気TVシリーズ「THE BRIDGE/ブリッジ」(15)、トマス・ヴィンターベア監督作『潜水艦クルスクの生存者たち』(18)、TVシリーズ「Face to Face -尋問-」(19)など。

監督・脚本 / アンダース・ウォルター

Anders Walter

1978年生まれ、デンマーク出身。アカデミー賞受賞歴のある映画監督・脚本家。1999年に渡米し、ニューヨークの美術学校スクール・オブ・ビジュアル・アーツにて映画制作を学ぶ。2013年、短編映画「9meter」(12)が、第85回アカデミー賞短編部門のショートリストに入り、翌年の第86回アカデミー賞にて「HELIUM(原題)」(13)が短編実写映画賞に輝く。ハリウッドからのオファーを受け、人気グラフィックノベルの実写映画『バーバラと心の巨人』(17)で初めて長編映画のメガホンをとる。アカデミー賞を主催する米映画芸術科学アカデミー(AMPAS)とデンマーク映画アカデミーの投票メンバーでもある。

本作は、どちらか一方を非難するのではなく、人と人との対立を探求する映画です。第二次世界大戦はデンマーク映画でよく描かれるテーマですが、ドイツ難民の物語は、私たちの総体的な物語や意識の中で、いまだに書き残されていない章だと言えます。この映画では、ひとつの問題を多面的に描き、明確な答えや責任の所在を示すのではなく、ニュアンスを提供しようと努めています。デンマークとヨーロッパの他の国々において、今日私たちが直面している現実を考察しながら、私たちの人間性における認識を語っています。本作は、勇気、誠実さ、思いやりの物語です。人の心を捉え、示唆に富み、会話のきっかけとなる映画です。

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