Story
パリ郊外の小さなアパートに暮らすシングルマザーのモナは、
発達に遅れのある30歳過ぎの息子ジョエルを女手ひとつで育ててきた。
モナはショッピングモールのビューティ・サロンで、ジョエルは障がい者のための職業作業所で働いている。
互いを支え合い、いたわりながら暮らしてきた二人。
ところがある日、モナは、ジョエルと同じ施設で働くオセアンが彼の子を妊娠したと聞かされる。
二人の関係を何も知らなかったモナは動揺し、母子の絆も揺らぎはじめる――























愛、自己犠牲、共依存、解放、孤独、、、。
人間の最も深い感情が、極限の状態に身を置く演技によって、力強くも繊細に立ち上がります。フランスに来て以来、私の永遠のテーマと重なり、胸の奥が何度も揺さぶられました。私はこの監督と俳優の作品を、生涯追い続けたい。
この世界は、母親が「命の責任」という重力から逃れることを許さない。そうして女はいつしか、その重みごと「私」になってしまう——。重力に壊されずに、命も自分自身も守るには?その答えが息子に手渡されるまでの、95分間の旅路だった。
たった一人の息子と、二人きりで生きてきた母親の、愛と疲労が入り混じる静かな呼吸。やがて我が子は恋をし、命を授かる。守り続けてきた手が、いつしか縛る手に姿を変える。家族という近さゆえの葛藤を通して「他者の人生に触れること」の重さを、観る者の心にそっと沈めてくる。
息子から片時も目を離さず過ごしてきたモナの、張り詰めてきた長い時間を思う。その子から贈られた「何ごとにも時がある」という言葉と繋がれた命は、母の役割からモナを解放するとともに、誰の人生をも少し救ってくれる。
「女性の作り手が増えると、彼女たちの視線が反映されて、より映画が多様に、豊かになります」と口にするたびに、そうすると良作が増えてお得ですよ!みたいに聞こえて嫌だなあと思っていたんです。でもこうやって『私のすべて』のような、女性の人生の大切な出来事を丁寧に映し出した、素敵な映画に出会って、夜の海や喫煙所のシーンを観たら...、やっぱり女性の作り手をもっともっと!と思っちゃいました。
私自身、我が子が自覚以上に「私のすべて」と感じることがある。子どもが落ち込めば一緒に沈み、幸せを願うあまり先回りし備え、それが的外れになることも多い。状況は違えど主人公の子離れという喪失と再構築にもがく姿に共感し、泥臭さが美しく見え、全ての母に「私だけじゃない」と寄り添ってくれる物語だと感じた。
卒母の時期は親も子も、それぞれが自分自身と向き合う、人生の曲がり角にあり、止まっていた「親の時計」と「子の時計」、それぞれの時間が動き出す、確かな成長と変化の時期である。親亡き後の子どもの人生をつなぐには、子どもの時計を能動的に動かすことが大事だと思う。
母になるとは、凄まじいことだなと思う。「母親」に向けられる世間からの視線や重圧は、父親よりも何重にも、重く、鋭くなるように思える。
子育ては、 常に社会全体の問題だ。子どもがいない私も、「母親らしくしろ」「母親なんだから」 そんな空気に加担しない、「母親を抑圧しないこと」はできるのではないかと思っている。